藤田嗣治画家の独創性

藤田嗣治の独創性といえば、まず真っ先に思い浮かぶのは「乳白色の肌」になります。淡いクリーム色の色彩は女性の肌や肖像の背景につかわれ、藤田の最大の魅力でもあります。多くの日本人画家がパリで苦闘する中で、藤田だけが破格の評価を得ることができのは、この独創的な「乳白色の肌」でした。
藤田の作品は、西洋画の模倣でも、日本画でもなく、まったく独創的な「藤田考案の日本画」にありました。
この乳白色の肌は、日本の浮世絵から発想したものだったと藤田は回想しています。しかし、この肌がどのようにして描かれたのかは謎でもありました。藤田は生前、自らの技法を隠し続けていたからです。
藤田の第一回目の個展会場でピカソが、藤田の絵の前で3時間立ち尽くした話しは、今も伝説として残っているほどです。
アトリエに日本の友人が訪ねてきても、描きかけのキャンバスや画材道具は決して見せないほど徹底したものでした。
しかし、一度だけ、その謎をときほぐす調査がありました。2000年に藤田の作品の修復が外務省を事務局として行われました。日本とフランス両国の専門家と技術家15人のチームでした。ここで関係者は修復とともに、乳白色の肌の技法に迫るものでした。
そこで藤田の技法の秘密に迫る発見がありました。藤田は工場で作られる既製品のキャンバスには興味を示さず、すべて自らの手で作っていました。まとめて何十種類もの布を買ってきては気に入った肌さわりの布を探し、さらにナイフで布の表面を削るなど工夫を凝らしていたことは夫人から聞いていました。そうして、キャンバスを張るときはいつも徹夜になり、夫人が手伝うと言っても聞き入れてくれなかったという秘密の世界でした。
調査の結果、その一部が解明されました。一般のキャンバスは2つの層でできています。しかし、藤田のは3つの層からできており、しかも他のものにはない独特の成分が検出されました。
キャンバスは布の上に膠を塗って作るものですが、藤田はその上に更に硫酸バリウムを塗っていたのです。そうして、その上に鉛色と炭酸カルシウムを混ぜたものを塗っていたのです。
膠の上に、三種類の顔料からなる2つの下地を塗り重ねた独創的なキャンバスを作り上げるために、何度も配合の割合を変え、試行錯誤を続けたのではないかと創造されます。
「乳白色の肌」の特徴は、絵の具を厚く塗り重ねないことで、透明感のある肌の微妙な質感を見事に表現しているのです。